2012/3/20~21 震災から一年。石巻市に赴いて

 3月20・21日、宮城県石巻市へ、友人3人と共にボランティア活動をして参りました。私にとって二度目の、約8ヶ月ぶりの訪問でした。前回も宇宙志縁隊を通じて訪問してから「また行きたい」と思っていて、やっと叶いました。今回も、金沢でも石巻でも、多くの方々の支えの中で活動させて頂きました。本当にありがとうございました。全員、活動中も移動中も、何事も無く帰って来ることができました。被災地に足を運ぶことができ、被災地の皆さんの少しでも役に立てることが嬉しく、また楽しく活動させて頂きました。一日目は、石巻市・鹿妻(かずま)地区の方たちが集まってお茶する場所である「おちゃっこ鹿妻」さんを拠点に、周辺のお宅の枯れ木の伐採・お仏壇洗いをさせて頂きました。2日目も、同じく鹿妻地区にてお庭の飛び石の移動・商店のブラインドや窓、壁の掃除をさせて頂きました。

 こちらに、今回撮った写真をまとめました。(フェイスブック)ぜひご覧ください。

 

 →3月20日(活動一日目)

 →3月21日(活動二日目)

 →3月22日(雄勝町・女川町の様子)

 

 ここに書く内容は、あくまで今回ご縁があった、一部の市民の方から聞いたお話であったり、私が被災地を部分的に見た印象であることをお断りします。 また、もし文中に誤りや語弊がありましたらご指摘ください。

 

―街の様子―

 前回行った時(7月)と比べると、道路も舗装され、信号が立て直されている所もあり(これまでは手旗信号でした)、より車が走りやすくなっていました。あちこちで、個人や団体のボランティア(被災しながらも活動を続けていらっしゃる方も少なくありません)が精力的に活動され、少しずつ生活の基盤が整って来ていました。崩れかかってそのままになっていた家屋も大半が取り壊しが進んでいました。薬局やコンビ二、散髪屋などの、再開したり新しくできた店も前回より多く見られました。子どもも元気な様子でしたが、遊び場所である公園の遊具は津波によって壊れ使用不能になったままでした。活動終了後に訪れた雄勝町、女川町は、前回より片付き、作業している方以外は全く人の気配がありませんでした。

 

―人の様子―

 地域差があるとは思いますが、不便なこともあるけれど地域で協力して、助け合って元気に生活している、という印象を受けました。家族や地域との繋がりが強くなった、という話も聞きました。

 私たちはそんな中、まるで親戚のように本当に温かく迎えて頂きました。初めて訪れたはずなのに、おばあちゃんの家に久しぶりに帰ってきたような感覚を味わいました。

 また、今回お話をしたほとんどの方が、こちらから聞かなくても地震・津波が襲って来た時の事をありありと語ってくださいました。1年経って、心の整理がついてきたのかも知れないと勝手ながら思い、「聞いて欲しい(話したい)」という気持ちを感じました。 中には首まで波に呑まれながらも生還した方もいらっしゃったりと、貴重なお話を色々と聞かせて頂き、胸が震えました。やはり皆さん、「まさか、こんなところまで…」と思っていたそうです。東北の冬の寒さは想像を超えていて、風が吹く度身が切られるようでした。1年前の今頃、こんな(おそらく感じた以上)凍えるような寒さの中、怪我をしたり濡れたままでずっと耐えて助けを待っていた(そのまま亡くなっていった方もいらしたでしょう・・)のかと思うと、どんなに辛く苦しかっただろう…と改めて感じました。

 

―石巻の現在の暮らし―

<物資> 「物資がたくさん届けられ、本当に助かっていて感謝している」とおっしゃられていました。しかし一方で、地元の商店を気にかける方も少なくないようです。 ある程度整ってきた今は、物資は確かに助かるとは思うけれど、再開したお店のことも、これからの自立のことも気にかかります。ちなみに、物は届いていてとても助かっているけれど、思い出の品が流されてしまい悲しい。という方もいらっしゃいました。

・被災地の商店などと連携して、「本当に必要とされているもの」を確実に届ける必要性を強く感じました。

<食> 各家でまかなっているところもありましたが、地区によっては未だにNPOやボランティアによる炊き出しが続けられており、人がお鍋を持ったりして列を作っていました。

 <住> 仮設住宅を希望していた方は皆入れたけれど、仮設住宅は狭く、住みづらい(造りが簡単なために寒(暑)く、周囲の音が響く、湿気も多い…)為、わりと早く仮設を出てアパートや貸家を借りて移り住む方が多いそうです。 一階部分だけ津波によって破壊された家屋は改修して生活しているところもありましたが、状態によっては改修は出来ないため解体して、建て直したり移り住むお宅もありました。そういったお宅は、解体したり建て直す間、荷物の置き場所や荷物を運ぶ人手に困る・・とおっしゃっていました。

<仕事> 農業をしていた方は土木関係の仕事につき、漁業をしていた方は仕事が少しずつ再開してきているそうです。一番大変なのは商店を営んでいた方達で、営業を再開しても大変・・(お客さんが居ない…)とのことでした。

 

―まとめー

 実際に行ってみると、まだまだ細かなところでボランティアの手を借りたい方(特に年配の方)が多くいらっしゃることがわかりました。必要性があまり伝わってこないのは、きっと被災地の皆さん、恐縮してしまう気持ちがあるのだと思います。復興には、うんと時間がかかります。これからも、こちらから心を運び、手を差し伸べていく必要があります。

 ただ、被災地に赴き直接活動しなければいけない、と言いたいのではなくて、離れていても、もしくは離れているからこそ出来ることは必ずあると思っています。ボランティアの活動も多岐に渡っているのを見てもわかるように、支援のあり方は色々で、被災地に近くても遠くても思いは同じです。

 それから、心のケアもこれからより必要とされて来ると思います。みなさん、「話したい」、「人と繋がっていたい」ようです。そして、これからがアートの出番かな、と感じます。

私は、ただ、足元にあって自分のできることを、少しずつ手探りのなかでして行きたいと思っています。

 ボランティアに関わり始め、被災地に集まるボランティアの皆様をはじめ、本当に沢山の素敵な出会いに恵まれ、いい刺激を与えられておりとても幸せに思っています。

 被災地の皆様、ボランティア活動に励んでいらっしゃる皆様、地震が頻発していますし、原発事故も収束していません。くれぐれもお気を付けて生活・活動なさってください。これからボランティアに行く予定の方、油断せずお気を付けて、そして楽しんできてください!きっと素敵なことが待っています♫

 長々と、拙い文章で失礼致しました。

 宇宙志縁隊の高木さん、今回も色々と手配してくださったり、お心遣いをありがとうございました。また、宇宙志縁隊を支援してくださっている皆様に、改めて御礼申し上げます。ありがとうございました。これからもよろしくお願い致します。

                                   2012年3月26日 加茂 那奈枝